糸入りデザイン和紙・メッシュ強力・ペーパーテーブルクロス・凧用和紙

金長特殊製紙プロフィール

弊社の和紙のテーブルクロスが、国(経済産業省)の地域資源活用事業計画に認定を受けました。

2016年2月の読売新聞、山梨日日新聞、朝日新聞などに掲載されました。





弊社の和紙のテーブルクロスが、山梨の新発想商品として、山梨県から認定を受けました。





企業プロフィール・沿革

朝日新聞様の「山梨 マイタウンのやまなし百年企業」の取材、掲載されました。

所在地 市川三郷町市川大門
創業 1868年 (明治元年)
設立 1964年 (昭和39年)
代表 一瀬清治
資本金 1,800万円
従業員 7人
1868 明治元年 一瀬長右衛門 和紙の里・市川大門にて手漉き和紙生産開始
1964 昭和39年 金長製紙株式会社(代表取締役 一瀬勇) 設立
1964 昭和39年 業界初のカラー模様障子紙発売
1974 昭和49年 金長特殊製紙株式会社に社名変更
1975 昭和50年 資本金8.00万円に増資
1986 昭和61年 一瀬清治・代表取締役就任
1987 昭和62年 資本金18.00万円に増資
1995 平成7年 拡縮模様シンリンダー開発
1997 平成9年 日本工業規格(JIS)表示許可工場認可
1998 平成10年 商標登録【超手間なし】(第4349997号)取得
1998 平成10年 糸入りタイプの和紙開発・特許(特許第2963092号)取得
2002 平成14年 商標登録【和紙百彩】(第4565157号)取得
2002 平成14年 和紙百彩【糸あそび】やまなしグッドデザイン最優秀賞授賞
2003 平成15年 ペット用障子紙の開発・販売
2004 平成16年 職人技を生かした和紙障子シリーズ【障子の達人】を開発。
2006 平成18年 癒眠【富士山溶岩シーツ】を生体開発エネルギーを応用して開発。
2009 平成21年 ポリオレフィンメッシュを和紙と和紙の間に挟み込むことに成功。
2009 平成21年 各地の凧揚げ大会に参加し凧用和紙の販売を開始。
2011 平成23年 糸入り和紙壁紙を開発。
 

わが社の教え

人に求めず、自己革命を

■伝統の技 新風吹き込む

青雲の連凧「♪青雲、それは君が見た光 僕が見た希望」。歌とともに、青空に舞い揚がる連凧(れん・だこ)――。

テレビでおなじみの線香のCMだが、今回の主役は紙。凧に使われているのが「金長(きん・ちょう)特殊製紙」(市川三郷町)の和紙だ。

「ちぎろうとしても、決して破れません」。一瀬清治社長(63)が胸を張る。紙に糸をすき込み、軽くて強い。独自の製法で、1999年に特許を取った。約3年前に凧用の和紙として売り出すと、全国の凧愛好家の間で評判が広がった。

「市川和紙」は甲斐源氏の治世からとされ、1千年以上の歴史を誇る。徳川幕府の御用紙の時代を経て、現在、障子紙の生産は全国シェアの4割を占める。

同社でも、障子紙が売上高の80%と主力。だが、伝統の和紙を用い、新たな商品を次々と打ち出してきた。79年からは、社名に「特殊」の文字を入れた。

ペーパーテーブルクロス両面に防水処理を施した和紙のテーブルクロスも、同社の開発商品だ。テーブルの大きさに合わせて切りやすく、昭和40年代前半の発売から続くロングセラーに。パーティーやイベントのほか、最近では「純粋な白地でワインの色が見やすい」と、品評会からの引き合いが目立つという。

評価されているのは、機能だけではない。県の「やまなしグッドデザイン賞」で、2002年度に同社の「和紙百彩 糸あそび」が最優秀賞に輝いている。

転機は1964(昭和39)年の春。従来の手すきから機械化に踏み切った。同時に、障子紙に淡い色の模様を入れ、売り出した。業界初のカラー商品だったという。秋には東京五輪があり、カラーでテレビ放送もされた年。「色が新しい文化を感じさせたのか」(一瀬社長)、当時としては破格の年間1千万円の利益をたたき出した。

さらに、販売方法も変えた。もともと地元の製紙業者は、産地問屋に納めるだけ。そこを、自らルートを開拓し、自社ブランドで売り込むようにした。

機械化も販売戦略も、主導したのは先代で義父の勇さん(85年没)。「常に新しいことをやろうという意欲があった」と一瀬社長。

いま一瀬社長は週末になると、車に商品見本を積み、ハンドルを握って全国を渡り歩く。
凧揚げ大会などを巡り、ユーザーから生の声を聞くためだ。

「情報は足で稼がないと。 モノづくりは、本当に面白い」

先代のDNAは、娘婿の一瀬社長にも引き継がれている。(岩城興)



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